はじめに
不動産投資の出口と聞くと、多くの人が真っ先に思い浮かべるのは売却です
含み益が出たタイミングで売る、次の物件に資金を回す、利益を確定させる
これらは確かに分かりやすく、投資としても合理的な選択肢に見えます
サラリーマン投資家の多くは「相続」や「次世代への承継」をまだ先の話として捉えがちです
日々の仕事と家計管理に追われる中で、出口戦略はどうしても後回しになりやすく
結果として売却ありきの思考に寄ってしまいます
しかし、不動産の出口は売却だけではありません
あえて売らずに保有を続け、相続対策として機能させるという選択肢も存在します
この判断は感情やイメージではなく、数字と時間軸で整理する必要があります

本記事では、 売却以外の選択肢を検討すべき理由、 売却と保有継続を分ける数字の見方、 判断を誤りやすいポイントについて解説します
第1章 なぜ売却以外に相続対策としての保有を考えるのか
売却ありきの出口戦略が生まれやすい理由
不動産投資の情報発信では、成功例の多くが売却益を中心に語られます
購入価格と売却価格の差、いわゆるキャピタルゲインは数字で示しやすく、成果が明確だからです
また、短期中期で成果を求める思考では
保有し続けるメリットが見えにくくなります
結果として、出口戦略は売却一択という前提が無意識に形成されます
相続はまだ先という思い込みの危うさ
相続は何十年も先の話だと感じる人は少なくありません
しかし実際には、準備が必要な期間は想像以上に長く
直前で動こうとすると選択肢が大きく制限されます
例えば、60歳で相続対策を意識し始めても
借入状況や家族構成によっては打てる手が限られます
時間そのものが戦略の一部である点は見落とされがちです
不動産が現金より有利に働く場面
相続において、不動産は必ずしも不利な資産ではありません
相続税評価額は時価より低く算定されるケースが多く
現金で同額を保有するより評価額が抑えられる場合があります
例えば、時価5000万円の収益物件が相続税評価額3500万円になると
同じ価値でも課税ベースに差が生じます
この構造を理解せずに売却してしまうと、かえって税負担が増えることもあります
保有を続けることで残せる価値とは何か
保有継続の価値は、価格だけでは測れません
毎月の家賃収入、管理体制、融資条件
これらが揃った状態そのものが次世代に引き継げる資産になります

売却は一度きりですが、保有は時間を味方につける戦略です
この違いを理解することが、出口戦略を考える第一歩になります
第2章 売却と保有継続を分ける判断基準を数字で見る
売却時に確定する税金のインパクト
売却を選ぶ場合、譲渡所得税が即時に確定します
長期譲渡であっても、所得税と住民税を合わせると約20パーセントが課税されます
例えば、売却益が1000万円出た場合
税金だけで約200万円が差し引かれます
この数字を見ずに売却判断をすると、手残りを過大評価しがちです
相続評価額と時価のズレ
保有を続けた場合、相続時の評価は時価ではなく相続税評価額が基準になります
立地や築年数にもよりますが、時価の7割前後になるケースは珍しくありません
同じ5000万円の資産でも、評価額が3500万円であれば課税額は大きく変わります
このズレこそが、保有継続戦略の核心です
家賃収入を何年受け取ると売却益を上回るか
売却益と保有継続を比較するには、家賃収入を年数で分解する必要があります
例えば、
年間の手残りキャッシュフローが200万円の場合、5年で1000万円になります
これは、先ほどの売却益1000万円と同水準です
さらに、5年後も物件は手元に残る点を考慮すると、単純な金額比較では判断できません
保有期間という視点を入れた比較
重要なのは、売却か保有かを単年で比較しないことです
5年、10年、次世代までという時間軸を入れることで、判断は大きく変わります
短期で現金化する合理性と、長期で価値を引き継ぐ合理性は別物です

どちらが正しいかではなく、自分の出口戦略にどちらが合っているかを数字で確認する必要があります
第3章 サラリーマンがつまずきやすい相続対策の誤解
相続対策という言葉に対して、多くのサラリーマン投資家は距離を感じがちです
その結果、判断を先送りにし
気づいたときには選択肢が大きく狭まっているケースが少なくありません
ここでは、代表的な誤解を整理します
相続対策は富裕層だけの話という誤解
相続対策は資産家や地主だけのもの、という認識は非常に根強いものがあります
しかし実際には、課税対象かどうか以前に
「不動産という分割しづらい資産をどう引き継ぐか」
という問題は、保有規模に関係なく発生します
特にサラリーマンの場合
・給与収入がある
・借入を活用して不動産を保有している
・相続時点では金融資産が少ない
という条件が重なりやすく、対策なしでは現金不足に陥るリスクが高まります
相続税が発生しないケースであっても、準備をしない合理性はありません
生命保険や現金偏重で起きる問題
相続対策として、生命保険や現金確保だけに意識が向くケースも多く見られます
確かに納税資金の確保は重要ですが、それだけで問題が解決するわけではありません
不動産は
・誰が相続するのか
・売却するのか保有を続けるのか
・借入や管理はどう引き継ぐのか
といった意思決定が不可避です
現金だけを残しても、不動産に対する方針が共有されていなければ、相続後の混乱は避けられません
法人化すれば自動的に有利になるという思い込み
法人化は相続対策や出口戦略で有効な手段になり得ますが、万能ではありません
法人に入れた瞬間に全てが有利になる、という考え方は非常に危険です
・法人に入れるタイミング
・含み益や移転コスト
・最終的な承継者
これらを整理せずに法人化すると、かえって動かしづらい構造を作ってしまいます
手段が目的化した瞬間に、判断を誤るリスクが高まります
何もしないことが最大のリスクになるケース
相続対策における最大のリスクは、誤った行動よりも「何もしないこと」です
時間が経過するほど、選択肢は減少します
・年齢が上がる
・借入条件が変わる
・家族構成が変化する
これらはすべて、後から調整できない要素です

考えないこと自体が、実は最も大きな判断になっている点を認識する必要があります
第4章 相続を前提に保有を続ける戦略の設計ポイント
相続を前提に不動産を保有し続ける場合、単純な節税や収益性だけでは判断できません
重要なのは、保有期間全体を見通した設計です
個人保有と法人保有の使い分け
すべてを法人、すべてを個人、という極端な選択は現実的ではありません
相続を前提にする場合、役割分担が重要になります
・安定収益で長期保有前提の物件
・将来売却の可能性が高い物件
・次世代に引き継ぎたい物件
これらを整理したうえで、個人と法人を使い分けることで、柔軟性を確保できます
借入が残っている不動産の考え方
借入が残っている不動産は、相続時に必ず論点になります
債務があること自体が問題なのではなく、「誰がどう引き継ぐか」が問題です
金融機関との関係性、返済計画、連帯保証の有無などを含めて整理しておかないと
相続後に対応できないケースも出てきます
家族に引き継ぐ際の管理と意思決定
不動産経営は、所有よりも管理と判断が本質です
収支報告、修繕判断、売却判断を誰が行うのかを明確にしておく必要があります
特に、家族が不動産経営に関与していない場合
情報の非対称性がトラブルの原因になります
収益と承継を両立させる視点
短期的な収益最大化と、長期的な承継のしやすさは必ずしも一致しません
相続を前提にする場合、多少の効率低下を許容してでも
引き継ぎやすさを優先すべき局面があります

最終的に残るのは、数字だけでなく構造です
第5章 失敗例と成功例から学ぶ保有継続の判断
不動産保有の継続をめぐる判断では、「いつ・どう動くか」が結果を大きく左右します
ここでは、よく見られる失敗例と、対照的に上手くいった成功例を比較しながら
具体的な判断ポイントを探っていきます
失敗例① 売却判断を先送りし続けて選択肢を失った
東京都内でワンルームマンションを数戸保有していたサラリーマンAさんは
5年間ほどの間、売却か保有継続かを迷い続けました
相場が上昇したときも「もう少し上がるかも」と判断を先送りし
下落基調に入ると「下がっている今は売れない」と保留
結果的に築年数は20年を超え、入居率も低下
金融機関からの追加融資条件も厳しくなり、法人化による節税策も間に合わなくなりました
一見「動かない=リスクを取らない」ように見えても
実際は時間による劣化や市場環境の変化が確実に進行しています
機会損失だけでなく、再構築のための柔軟性そのものを失う典型的な例です
判断しない期間も、時間コストは確実に発生しています
失敗例② 相続直前に慌てて動きコストが膨らんだケース
60代後半のBさんは、長年賃貸アパートを個人名義で保有していました
健康不安をきっかけに「急いで整理しよう」と動き出しましたが
法人設立や贈与を検討する時間がなく、結局は
- 高額な譲渡所得税
- 不動産業者との仲介手数料
- 節税策を取れないままの相続対策費用
という重いコストを短期間に負担する結果になりました
相続対策や法人化は「タイミング」と「準備期間」が本質です
短期間で動くと、金融機関との調整や法的手続きも不十分になり
不利な契約条件を飲まざるを得ないケースが多くあります
失敗例③ 家族に意図が伝わらず揉めた事例
地方に複数の不動産を持つCさんは、「まだ元気だから」と家族への説明を後回しにしていました
しかし突然の入院を機に相続が発生
保有物件を「長期保有して収益を得たい」と考えていた長男と
「売却して現金化したい」と主張する長女で意見が対立
結果として物件が中途半端な価格で売却され、相続税支払後の手取りも想定より大幅に減少しました
このようなトラブルは、単なる感情のもつれではなく
「意思の事前共有」がなかったことが原因です
方針共有や遺言書、家族会議の開催がいかに重要かを物語る例といえます
成功例① 早期に出口戦略を複数想定したケース
Dさんは、物件購入の初期段階から「10年後に売却」「持ち続けて法人へ移転」「子に贈与」
という3つのルートをあらかじめ想定していました
市場動向や税制改正のたびにその戦略を更新し、タイミングを逃さず一部を法人へ移管
結果的に節税と安定収益を両立でき、相続の際も明確なプランを提示できました
「売る」「保有する」ではなく、
それぞれの時期に応じた柔軟な出口を設計していたことが成功要因です
成功例② 法人化とキャッシュフロー最適化を両立した事例
Eさんは、収益が安定してきた段階で早期に法人化を実施
損益通算を活かしつつ、法人での資金管理を体系化しました
法人名義での借り換えや追加投資もスムーズに行え、
個人の所得税圧縮だけでなく、次世代への承継を見据えた資金移動も計画的に実行
法人を節税の道具ではなく、保有継続の仕組みとして用いた点が特徴です
成功例③ 家族と方針共有を進めた安定承継例
Fさん家族は、相続を意識した段階で早期に家族会議を実施
「どの物件を残し、どの物件を売るか」「将来の管理方針は誰が担うか」
を明確に決定しました
その上で、不動産管理法人への役員登用や定期的な収支報告を家族全員で共有
結果として、相続発生時も混乱なく引き継ぎが進み、家族関係も円満に維持されています
完璧な正解を探すよりも、「後から修正可能な設計」を残す柔軟さこそが
長期的な安定承継の鍵となります
このように、失敗例に共通するのは「判断を遅らせたこと」
成功例に共通するのは「早めに選択肢を構築したこと」です

保有継続を判断するには、「現時点で取れる行動」を一つずつ実行していく姿勢が
将来の自由度を確保する最大のポイントと言えるでしょう
第6章 売却か 保有かを最終的にどう決めるか
ここまで整理してきた通り、不動産の出口は単純な二択ではありません
重要なのは「今どちらを選ぶか」ではなく
「最終的にどの状態を目指すか」を明確にしたうえで判断することです
売却が合理的になる条件
売却が最も合理的になるのは、感情的に手放したくなったときではありません
以下のような条件が重なった場合、売却は戦略的な選択になります
・修繕や建替えによって今後のキャッシュフローが悪化する
・保有を続けても相続や承継の負担が軽減されない
・売却益を使うことで、次の資産設計が明確に描ける
特に、売却後の資金の使い道が具体的に定まっている場合、出口としての売却は非常に合理的です
逆に、使い道が決まっていない売却は、単なる問題の先送りになりがちです
保有継続が有効になる条件
一方で、売却しないという判断も、十分に戦略になり得ます
保有継続が有効なのは、次の条件を満たす場合です
・借入返済が安定し、資金繰りに無理がない
・管理体制が整っており、家族への引き継ぎが可能
・相続時の構造が事前に設計されている
重要なのは、何も決めずに持ち続けることと、設計した上で保有することは全く別だという点です
後者であれば、売却を含めた複数の出口を常に残すことができます
今すぐ決めなくていい判断
出口戦略というと、今すぐ結論を出さなければならないと感じる人も多いですが
すべての判断を急ぐ必要はありません
・売却時期
・承継方法の細部
・法人化の最終形
これらは、方向性だけを決めておき、具体的な実行は後回しにすることも可能です
一方で、「考え始めること」自体は先送りしてはいけません
決めなくていい判断と、考えてはいけない判断を混同しないことが重要です
最終段階から逆算する出口戦略
出口戦略で最も重要なのは、最終段階の状態を具体的に想定することです
・誰が不動産を保有しているのか
・売却しているのか、収益を得続けているのか
・次世代は何を引き継いでいるのか
このゴールが定まると、
法人化の要否、保有形態、売却タイミングといった個別判断は自然と整理されていきます
出口は「最後に考えるもの」ではなく、「最初に置く前提条件」です
まとめ
不動産の出口は「売却」だけではありません
相続や法人化を見据えた「保有継続」も、明確な戦略として位置づけることができます
重要なのは、数字と時間軸、つまりキャッシュフローや融資条件、築年数や相場サイクルを踏まえて判断することです
これを欠いたままの意思決定は、リスクを見落とす危険があります

不動産の出口とは、結果ではなく設計です、今の判断が未来の選択肢を狭めていないか、運用方針を磨き続けて長期的な資産形成と承継の安定につなげていきましょう

