はじめに:DCF法で「将来の出口価格」を設計する
不動産投資のゴールの一つは、「いつ・いくらで売るか」を判断することです 購入時や運用中の収支が良好でも、出口価格を誤ると投資全体の利回りが大きく変わります
前回収益還元法(直接還元法)を用いて「現時点の資産価値」を算定しました
直接還元法の記事はこちら
直接還元法は、1年間の純収益を利回り(キャップレート)で割り戻す、いわば「スナップショット的な評価」です
今回扱うDCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法)は、
将来10年間のキャッシュフローを割引率で現在価値に換算し、最終年の売却価格を含めて時間軸を持った評価を行う手法です
DCF法は、J-REIT(不動産投資信託)や機関投資家など、プロの投資家が資産評価で採用している国際的な基準でもあります

本記事では、私が実際に所有している新宿区の区分マンションを例にDCF法で、資産価値を計算してみます
DCF法とは?直接還元法との違い
まず、DCF法と直接還元法(収益還元法)の違いを整理しておきましょう
- 直接還元法(収益還元法)
1年間の純収益(NOI:Net Operating Income)をキャップレートで割って求めます
年間収益 87万円 ÷ キャップレート4% = 2,175万円
現時点の利回りに基づく「静的評価」といえます - DCF法(Discounted Cash Flow法)
将来10年間の収益・費用・売却価格をすべて見積もり、
それぞれを割引率(期待利回り)で現在価値に換算して合計する
キャッシュフローを時間軸で捉える「動的評価」といえます

直接還元法はシンプルでスピーディですが、 DCF法は「将来の家賃変動」「経費上昇」「出口価格の変化」を織り込めるため、より実態に近い投資価値を把握できます
割引率と将来前提の設定
DCF法を用いるには、将来10年間の前提条件を数値で定義する必要があります
今回は国交省・総務省などのデータを参照して設定しました
| 項目 | 前提値 | 参照データ・根拠 |
|---|---|---|
| 割引率 | 3.7% | 国土交通省の調査資料のキャップレート平均 |
| 家賃成長率 | 年 +1.0% | 国交省「東京都住宅市場動向調査」を参考に、賃料は平均して上昇を設定 |
| 管理費・修繕積立金上昇率 | 年 +0.4% | 総務省「家計調査(住宅維持費指数)」より |
| 保有期間 | 10年 | 投資判断の中期モデルケースとして設定 |
| 売却価格 | 現在価格の95%(10年後) | 上昇や下落を見込んで長期的な想定 |
| 評価方式 | 税引前キャッシュフロー(Before Tax) | 実務上のDCF簡易評価に準拠 |
これらの前提をもとに、私が実際に保有する新宿区のマンションに当てはめ、DCF法による将来価値を数値化してみます
参考にした統計資料はこちら
総務省統計局「家計調査」
実例:所有する新宿区物件をDCF法で評価してみた
実際に私が所有している区分マンションをもとに、DCF法による将来価値を算出していきます
物件概要
物件の条件はこんなかんじです
- 所在地:東京都新宿区
- 築年数:2015年(築10年)
- 間取り:1K
- 専有面積:約26㎡
- 家賃収入:月額98,000円
- 管理費・修繕積立金:月額10,000円
- 固定資産税:年間130,000円
- 空室率:5%
- ローン返済額:月額110,000円(※DCF評価には含めない)
10年間のキャッシュフロー試算
DCF法では、将来10年間のキャッシュフローを推計して、その合計を割引率3.7%で現在価値に換算します
収入・支出の前提は以下の通りです
- 家賃:年 +1.0%
- 管理費・修繕費:年 +0.4%
- 空室率:5%(一定)
- 固定資産税:年間13万円(一定)
- 売却価格:10年後に現在価格(2,170万円)の95% → 約2,061万円
- 割引率:3.7%(国土交通省の調査資料のキャップレート平均)
家賃収入と実質収入の推移
| 年度 | 家賃(月額) | 年間総収入 | 空室控除後収入(95%) |
|---|---|---|---|
| 1年目 | 98,000円 | 1,176,000円 | 1,117,200円 |
| 2年目 | 98,980円 | 1,187,760円 | 1,128,372円 |
| 5年目 | 102,000円 | 1,224,000円 | 1,162,800円 |
| 10年目 | 約108,000円 | 約1,296,000円 | 約1,231,200円 |
経費(管理費・修繕積立金・固定資産税)
| 年度 | 管理費・修繕費(月額) | 年間経費 | 固定資産税 | 合計経費 |
|---|---|---|---|---|
| 1年目 | 10,000円 | 120,000円 | 130,000円 | 250,000円 |
| 5年目 | 10,160円 | 121,920円 | 130,000円 | 251,920円 |
| 10年目 | 10,400円 | 124,800円 | 130,000円 | 254,800円 |
フリーキャッシュフロー(税引前)
| 年度 | 空室調整後収入 | 経費合計 | 年間キャッシュフロー |
|---|---|---|---|
| 1年目 | 1,117,200円 | 250,000円 | 867,200円 |
| 5年目 | 1,162,800円 | 251,920円 | 910,880円 |
| 10年目 | 1,231,200円 | 254,800円 | 976,400円 |
割引現在価値の計算(割引率3.7%)
10年間の各年キャッシュフローを3.7%で割り引き、10年後の売却価格(2,061万円)も同様に現在価値へ換算します
| 年度 | 年間CF(円) | 割引係数(3.7%) | 現在価値(円) |
|---|---|---|---|
| 1年目 | 867,200 | 0.964 | 836,000 |
| 2年目 | 876,872 | 0.930 | 815,000 |
| 5年目 | 910,880 | 0.829 | 756,000 |
| 10年目 | 976,400 | 0.702 | 685,000 |
| 売却価格(10年後) | 20,610,000 | 0.702 | 14,470,000 |
これらを合計すると、DCF法による現在価値(投資評価額)は約1,790万円となります
DCF評価額の解釈
- 評価額:約1,790万円(税引前DCF法)
- 現在価格(市場想定値):2,170万円
- 差額:約380万円の乖離(約17%)
DCF法では、10年間の家賃上昇を織り込みつつも
割引率3.7%で現在価値を割り戻すため、「将来価値を冷静に現在の水準に戻す」評価となります

現状の市場価格よりやや低めの算定となるのは、将来の不確実性を織り込んでいるためと考えられます
実勢価格・収益還元法との比較
では、このDCF法の結果を、従来の収益還元法(直接還元法)や実勢価格と比較してみましょう
| 評価手法 | 想定値 | 特徴 |
|---|---|---|
| 収益還元法(キャップレート4.0%) | 約2,170万円 | 現時点の純収益を基にした静的評価 |
| DCF法(割引率3.7%、10年モデル) | 約1,790万円 | 将来キャッシュフローを考慮した動的評価 |
| 実勢価格(新宿区・築10年前後・26㎡) | 2,200〜3,500万円 | 実際の市場取引レンジ(レインズ・アットホーム等より) |
収益還元法では現在の賃料と利回りだけで単年度の収益力を評価しますが、
DCF法は将来の賃料上昇と経費上昇を同時に考慮するため、 実勢価格よりやや低い「保守的な評価」となります
特に今回のように割引率3.7%で10年間割り引くと、市場が今後も高値維持すると仮定しない限り、DCF法は現実的な出口価格を想定できると考えられます
まとめると
- 収益還元法は「現時点の利回り評価」
- DCF法は「時間軸を含めた将来評価」
- 実勢価格は「マーケットの期待と心理」
と言えると思います
ケースから学ぶ3つのポイント
DCF法は「時間軸」を含めた出口戦略ツール
今回の試算では、DCF法による評価額が約1,790万円となり、収益還元法の2,170万円より約17%低い結果になりました
これはDCF法が、単なる利回り評価ではなく、「10年間の時間の経過」と「将来の不確実性」を織り込むためです
たとえば、家賃上昇を1%/年と仮定しても、 割引率3.7%で10年間割り引けば、将来の増収分は現在価値ではごく僅かになります、つまりDCF法は、「時間の重み」を数値化するツールです
「いま売るべきか」「もう数年保有してから出口を迎えるべきか」 を冷静に判断するための羅針盤となります
公的データを使うと「客観的DCF評価」が可能
DCF法は「前提条件の設定次第で結果が変わる」という課題があります 今回は直近の国交省・総務省の統計データをベースに設定しました
| 設定項目 | 使用データ | 備考 |
|---|---|---|
| 割引率3.7% | 国土交通省の調査資料のキャップレート平均 | 東京都区分マンション平均 |
| 家賃上昇率+1% | 国交省「東京都住宅市場動向調査」を参考 | 上昇傾向として設定 |
| 経費上昇率+0.4% | 総務省「家計調査(住宅維持費指数)」 | 直近の上昇率を設定 |
統計を基準にすることで「想定が甘い」「楽観的すぎる」といった感覚論を排除でき、
金融機関や他の投資家と比較できる共通言語としてDCFを活用できるでしょう
青色申告+クラウド会計でDCF入力が自動化可能
DCF法のハードルは、「キャッシュフローを10年分予測すること」です
青色申告で帳簿を複式簿記で付けていれば、クラウド会計ソフト(freeeやマネーフォワード)上でNOI(純営業収益)がすでに算出可能です
たとえば、以下のような形で自動連携できます
- 家賃入金 → 売上高として自動集計
- 管理費・修繕費・税金 → 経費科目として自動分類
- NOIの推移 → ExcelやGoogleスプレッドシートでDCF表に反映
このように日常の帳簿が整っていれば、「DCF表を毎年自動更新」することも難しくありません

出口戦略を検討する際には、最新のNOIをもとにDCFを更新することで、売却の「最適タイミング」を定量的に判断できると思います
まとめ:DCF法で「10年後の出口」を設計する
DCF法は、単なる理論的な価格算定ではなく、
「時間を味方にする経営判断ツール」です
- 割引率3.7%という冷静な基準で、
将来の家賃・経費・売却価格を現在価値に変換できる - 国交省・総務省の統計を使えば、
根拠ある前提で「客観的DCF評価」を構築できる - 複式簿記とクラウド会計で、
DCFの入力データを自動化し、毎年の見直しも容易にできる
サラリーマン投資家にとってDCF法は、
「いま買う」「保有を続ける」「売る」を決めるための未来設計の基準と思います

直接還元法が「いまの価値」を測る静的な物差しなら、 DCF法は「10年後の出口」を描く動的なコンパスと理解すると良さそうです



